感性教育コースの体験談
少年院を出て反抗的だったが不良交友と縁を切るまでに/家に閉じこもり昼夜逆転から早起き名人に/高校中退したが希望を持てるように


少年院を出て反抗的だった自分が、不良交友ときっぱり縁を切れるまでに変わった!


K君(現在19歳)は、中学3年生の夏から不良友達とつきあうようになり、それからたびたび暴力やいじめに会い、時には加害者になることもあったといいます。高校2年生のとき、友達とバイクの2人乗りをしていて(K君は後ろ)、警官をはね飛ばし逃走するという事件を起こしてしまい、結果、少年院に送られることになりました。5ヶ月間の少年院生活を終えた後、これからのことを思い悩むご家族が鬼木苑長に相談され、K君は身心養生苑で約1ヶ月を過ごすこととなります。

最初まったく反抗的だったK君ですが、残り1週間というところでK君に変化が見られ始め、退苑時には自らこんな手紙を書き残しました。自ら決めたという誓いも立てています。

『僕はこの身心養生苑に来たときは「だリーなー。」というやる気のない心がまえしかなく、自立へ向けての予行練習という気持ちはあまりなかった。最初の1週間は鬼木先生がいろいろ自立へむけての話をしてくれたけど、僕はあまり真剣に聞いているわけではなく、他のことを考えているときもあったほどだった。

「この生活に何の意味がある」という疑問を鬼木先生にぶつけていたが、このぶつけている時も、ただ自分が現実を受けとめたくなくて甘えていることはわかっていた。鬼木先生の話に対しても「反発したくなってくるなあ」と思っていたけど、これもまた鬼木先生の正論を受けとめたくないというぼくの甘えとわがままからくるものだった。
 
ぼくは2ヵ月半前社会という自由に出てきて、少年院に入る前と同様、短気の自分がよみがえってきた。自分の甘えを認識していても、自分のわがままと鬼木先生の正論を考えると、現実から逃げたがっているぼくは、ますます短気になるばかりだった。
  
ここでの生活もなれ、自分自身へのおちつきを取り戻しても、鬼木先生の正論をぶつけられると、また腹を立てていた。しかしぼくは、腹を立てるばかりでなく、夜になると部屋の電気を消し、イスにすわって今までのことを 振り返った。考えてみると、自分はジタバタしている一人のガキを見つけて情けないと思った。とりあえず、ノーガキを言わないでジタバタするのはやめようと思った。
  
これが8月の上旬で、中旬は買い物のことで頭を悩ました。町へ出て同年代の子達を見るのがつらかった。うらやましいやら、ムカつくやら怖いやらで、「仲間がいればこんな気持ちにはならなかったのに」と昔の仲間への執着は強くなった。これがここでの生活で一番つらいことだと思った。ぼくはこれを乗り越えれば、この先幸せはくるだろうと思った。
  
こんな時、鬼木先生は「Kは、人生の中で必ず来るつらい思いが早く来ただけだ。」「幸せは待つのではなく、自分で作っていくんだ」と言われた。ぼくはそれで少し気が強くもてるようになった。それと同時に、自分の過ちを振り返るようになり、少しずつ落ち着くことができるようになった。この落ち着くことで、物事を「無意味」とは思わず、意味のある方向へと考えられるようになった。
  
8月の下旬には断食を経験した。「ぼくは絶対何も口にしない!!」と決意することで、我慢することを経験できた。この「自分は絶対にしない!!」と強く決意することは、不良交友に対しても同じものだと思った。それからは一番いやだと思っていた買い物も、町でたむろしている子達がいたけど、「自分はおまえ達みたいに仲間がいるからといっていきがる奴ではないし、弱い奴でもない。」と堂々としていたら、別になんともなかった。

それからはこの身心養生苑を出た後、どうするか、東京の家に戻るか、鬼木先生の知り合いがいるというつくばへ行くかを考えることになった。鬼木先生が「一度東京に戻って家族と話をして決めてもいい」と言ってくれた時は、うれしくてそれが一番ベストだと思った。そのことで、ぼくの頭の中は不思議と不安と思っていたことがだいぶ消えていた。

それからぼくは、二つの選択の中で東京にそのままとどまりたいという気持ちのほうが強く、そのためには「不良交友とは、話し合って縁を切り、解決させるしかない」と思った。ぼくの決意は家にとどまるのであれば、不良交友との縁を断ち切る。もしそれができないのであれば、つくばに行かせてもらう。もし不良交友と話し合いでけりがつかない場合は、ぼくは何の迷いもなくつくばへ行かせてもらう。今現在の決意は、今までの不良交友との害悪や損を考えた上で、不良交友と話し合いケリをつけるということだ。

鬼木先生へ
 今までぼくは鬼木先生にさんざんお世話になっておきながら、鬼木先生への反発や無礼をお許しください。ぼくは自分で決めた5つの決まりを中心に生活をしていきます。この1ヶ月間本当にありがとうございました。』


K君が自分で決めた約束とは
1.うそをいわない
2.約束を守る
3.人のせいにしない
4.人の悪口、陰口を言わない
5.グチを言わない 
    
8月30日に退苑したK君は、なんとその日に不良交友の家を一軒一軒訪ね歩き、「もうつき合わない!」ときっぱり縁を切ったといいます。今は、電気工事関係の見習いとして、毎日まじめに働いているということです。

家に閉じこもり体重は100キロ、昼夜逆転の荒れた生活から、体重は70キロ、早起きの名人にまで変身した (24歳男性 東京)

僕はある農業高校を卒業しましたが、就職できず、特にやりたいこともなく家に閉じこもるようになりました。動かずに食べたい放題、昼と夜が逆転し、夜中はゲームに熱中するという、好き勝手な生活をしていました。

そうしているうち、体重がどんどん増えて100キロ近くになり、動くのもつらくなってしまいました。体調はいつもすっきりせず、下痢をして、頭にはできものができて、冬でも汗をかき寝つきが悪く、いつもイライラしていました。

反抗的になり、親に手を上げることもありました。そしてますます自分の殻に閉じこもるようになりました。そんな時、親戚が身心健康堂に通院していたので、母親が相談をしたところ、一度、身心養生苑にいらっしゃいということで、母親と僕で伊豆高原の身心養生苑に行きました。

そこでは鬼木先生と母親がいろいろ話をし、結局、身心健康堂でやっている朝6時半からの治療の練習に、3ヶ月間遅刻せず通えたら身心養生苑で生活するということになりました。僕も今の生活を何とかしたいと思っていたので、やってみようと決心をして、朝の練習に週2回、通うことになりました。夜型の僕には少しつらいときもありましたが、何とか3ヶ月通うことができ、約束どおり身心養生苑での生活がスタートしました。

身心養生苑は、まず自然がいっぱいあるので気持ちがよくて、東京とぜんぜん違うなあと思いました。鬼木先生と一緒に生活をしましたが、朝は早く起き散歩をしたりして、畑の作業などをして、とにかくよく体を動かしました。食事は鬼木先生が、味噌汁の作り方や魚の焼き方など、ひとつひとつていねいに教えてくれて、自分もだんだんできるようになっていきました。東京でよく食べていたお菓子やジュースは一切口にせず、ちゃんとした食事を規則正しく食べるようになりました。

昼間よく体を動かすせいか、夜は自然と早く眠くなり熟睡することもできました。そんな規則正しい生活をしているうち、100キロあった体重が約4ヶ月で70キロまで減量できました。自分でも、だるかったのがうそみたいに体が軽くなって、動きも前より早くなりました。

鬼木先生とは3ヶ月間一緒に生活をさせていただいて、どんどん自分が変わっていくのを感じました。自律するのが目的ですから,その後はひとりで生活しましたが、鬼木先生も時々来られて一緒に作業をしたりしました。

しばらくして身心養生苑でも 烏骨鶏を飼うことになり、鶏舎を先生と一緒につくりました。烏骨鶏の世話は自分にまかされたのですが、これがなかなか面白くて、アシタバをたくさん取ってきては、他の野菜と混ぜて細かく切ってあげると喜んで食べるのです。

それまでちょっとつらかった早起きも自然と目が開くようになり、今では先生から「早起きの名人になったね」といわれます。まったく朝寝坊だった僕ですが、早起きが身についてから性格も少し変わってきた感じです。以前は、何に対しても消極的で否定的でしたが、今はやる気が出てきて、だいぶ積極的になってきたと思います。それから、とにかくのろまだった僕が、動きが早くなり時々先生にもほめられるようになりました。

ここで2年間生活した後は、約1年間、社会で自立するための訓練として、東京に戻って自宅から身心健康堂に通い、治療の勉強を見習として,お手伝いなどをさせてもらいました。そして治療以外にもいろいろなことを教わりました。

今はまた身心養生苑に戻り、こちらで研修や治療のお手伝いを中心に働かせていただいています。毎日が忙しく過ぎていきますが、とても充実しています。

これからも鬼木先生や角谷院長に学びながら、本当の自立に向けてがんばりたいと思います。



高校を中退し落ち込んでいた自分が明るい希望を持てるようになり、念願の大学にも合格
(22歳男性 東京)


 僕は高校を中途退学しましたが、大学入学検定試験に合格し、大学受験に挑戦。しかし2度失敗し、そのときは浪人中でした。両親からは、今度ダメなら就職するようにといわれていました。

本屋のアルバイトをしていたときです。BGMに有線放送を流したとき、なんとも寂しい感じの曲が流れ、僕はたまらなくなって涙が出てきたのです。“なんでこうなったんだ、誰もいないところへ逃げ出したい”という切ない衝動に駆られました。そしてその瞬間、以前2度ほどお世話になったことのある鬼木先生を思い出し、いてもたってもいられず電話をかけました。

先生は「よかったらこちらに来ないか」といってくださり、ご自宅の近くの喫茶店で話をしました。そこで先生は、青少年を対象とした「感性教育のすすめ」という教育大綱を見せてくださいました。僕はそれを一気に読み終えると、“これだ!”という直感と、なんとも希望のわいてくるようなわくわくする感じでいっぱいになりました。そしてその場で決断した僕は「ぜひ1ヶ月間、学ばせてください!」とお願いしました。先生は「ご両親の承諾が得られたらいらっしゃい」といってくださり、それからすぐ両親の許しを得た僕は、鬼木先生のもとで学ぶことになりました。

先生に見せていただいた教育大綱の中の設立趣意書には、「学校教育での『育の教育』を忘れた『落ちこぼし教育』の欠陥と矛盾」というくだりがあり、僕は自分たちこそ理性教育の犠牲者だ、ととても共感したのを覚えています。

そして、21世紀の心の時代にふさわしい教育実現に向けての項の「理性を原理とした教育から、感性を主体とした教育原理、人間観、人生観、生命感、世界観などの価値転換が必要である・・・。感性を主体として彼らを観るとき、どんな青少年たちも、みずみずしい感性の持ち主である」というところに、まさに自分の感性がピリリと感応したのだと思います。

感性人間塾での生活は、僕自身が主役で、すべて自律的に主体的に動くというのが生活の基本で、命令されたり強制されたりということはまったくありませんでした。僕は、これまで先生から聞いていたことを実行しようと、早寝早起き、トイレと風呂の掃除を毎日実践することを決め、実行しました。

正直言って僕は、まったくの夜型人間でしたが、やろうと心から決断すると人間できるものです。毎朝4時前にはおきて、海から立ち昇る朝日を拝するのが日課となりました。トイレや風呂の掃除もほとんどやったことがありませんでしたが、最初は少し抵抗があったものの、そのうち、汚いところを磨くというのがとてもすがすがしく感じられるようになりました。

また、近くには海あり、山ありの自然がいっぱいで、朝食前の散策は本当に気持ちがよくて心が洗われるようでした。そういう生活を続けているうち、先生にも言われましたが、よく笑うようになり、声が大きくなってとても明るくなってきた自分を感じました。

1日の流れとしては、午前中は「感性豊かな生き方」を学んだり、将来に対しての目標設定、行動計画などを作る時間に当てられました。最初の1週間は、先生による「心の診断」「性格テスト」「適正指導」も受けました。

先生は「感性の欲求こそまさに才能であり、そこに個性があるんだよ」といわれ、自分の感性の欲求は何なのか、何のために大学へ行きたいのかを鮮明にするため、自分の興味や関心のあるものを120項目ほど書き上げ、そこから目標を絞り込んでいきました。また、自分の学力をいろんな角度からテストすることで、受験する学校や学部についてもずいぶんはっきりしてきました。

午後は主として、屋外で作業をして汗を流しました。鋤や鎌の使い方も知りませんでしたが、教えてもらってずいぶん上達し、働く喜びも実感できました。そして夜は、「感性内観」を自主的に行いました。これまでも2泊3日の研修で2回「感性内観」は経験しましたが、今回長い時間をかけて母親に対してじっくり内観すると、これまで以上にいろんなことが身にしみてわかってきました。改めて、今までの自分が傲慢で自己中心だったかということ、わがままいっぱいの生活をしてきて、いかに母に心配と迷惑をかけてきたかということが涙が出るほど実感できました。

そして最後の1週間。鬼木先生の計らいで、トヨタ自動車のシフトレバーの90%を製造する、神星工機株式会社というところで社会体験をさせていただくことができました。そこでは、松下八州男社長が特別に、自分の目的にあったスケジュールを組んでくださり、とても貴重な経験をすることができ、今でも鬼木先生と松下社長には感謝の気持ちでいっぱいです。

1ヶ月の研修を終え、自分がここまで明るく前向きになれたことは、自分でも驚きでした。心は弾み、早く両親にも報告したい気持ちで家路に急ぎました。        

その後、僕は希望する大学に進学し、今は大学生活の青春を思いっきり謳歌しています。あの時悩みながらも、身をもって学び、教えていただいたことをこれからも忘れず、自分の夢を実現していきたい!そして立派な社会人になるために学び続けたいと思います。

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